コラム

no.001
「人材育成」と「ブラック企業」の狭間で揺れる企業と現場

2014年06月25日 | マーケティング推進部 ゼネラルマネジャー 菅桂次郎

ここ数年ですっかり定着した「ブラック企業」という言葉。
広義としては、「反社会的団体とのつながりを持つなどの違法行為を常態化させた組織」となるが、狭義には、「若者を大量採用し、過重労働・違法労働によって使い潰し、離職に追い込む成長大企業」を指す。もっと簡潔に言えば、「若者を使い捨てにする企業」ということだ。

一方で、言葉だけが独り歩きしている感もあり、けっしてブラック企業ではないにも関わらず、雁字搦めになってしまっている企業や人事、管理者を目にする機会も増えている。それはなぜだろうか。

私見ではあるが、「働くこと」の本来的な意味・思想を持てずにいることが大きな要因なのではないだろうかと考える。「若い時の苦労は買ってでもしろ」という格言が残っていることを考えても、人が成長するうえでは、「修羅場体験」が必要な時もある。

  • ~ 一人では絶対に達成できない課題へのチャレンジ ~
  • ~ 前例のない事柄への意思決定 ~
  • ~ 日々発生する様々なステークホルダーとのハードな交渉 ~ など

むしろ私個人の実感として言えば必須である。

現状の自分自身の力だけでは到底達成できない事柄・場面に直面し、失敗と挫折を重ねながら小さな壁を越えていくプロセスにこそ、成長の本質があるように思う。

事実、私はこのような、“今となっては幸運な体験”を入社2年目で与えられ、一回り大きくなったと実感している。

ただし、この「修羅場体験」と「過重労働」は現象面だけをみれば同じであることが多いから厄介だ。部下指導の場面での「あと一押し」ができず、苦悩している管理者も多いのではないだろうか。

私自身も、この二つの狭間でマネジメントの軸がブレそうになることが今でもある。

現在、さまざまな企業が「ブラック企業対策」に着手しているという統計データも発表されたが、根本的な問題は、制度などのハード面ではなく、組織や管理者が持つ思想などのソフト面であると考える。

若手だけに関わらず、人材育成の基本は、「困難を取り除いてあげること」ではなく、「困難に立ち向かう知恵と勇気とパワーを与えること」であると我々は考える。だからこそ、「働くことの意義」や「人の成長の本質」についての確たる信念を持ち、「困難に立ち向かわせること」に勇気をもって取り組んでほしい。

社員と会社、部下と上司との間に、本当の意味での信頼関係と強い絆を創っていくための取り組みが、今問われているような気がする。