コラム

no.002
「管理者の“ここ”が辛い」編 ~『待つ』ということ~

2014年08月01日 | マーケティング推進部 ゼネラルマネジャー 菅桂次郎

管理者に求められる要件・スキル・行動は数え上げるときりがないが、私個人の経験で言えることとして、「待つ」という行為が上位にあげられる。

哲学者・鷲田清一氏の“「待つ」ということ”というタイトルの書籍もあるが、現代人は、「待つ」という行為ができなくなってしまった。換言すると、「待たなくてもよい社会」「待つことへの耐性が著しく低い人間」になってしまった。

インターネットで本を頼めば翌日には手元に届き、荷物を発送したければ、日本全国どこでも翌日か遅くても翌々日には届けられる。病院やお店で15分待たされると「イラッ」とする。

ビジネスの場面でも同様のことが起きており、とにかくスピード感が差別化要因の重要ファクターになっていることに大きな異論はないだろう。

翻って、マネジメントの現場である部下指導の観点で振り返ってみると、期待成果をあげるためのスピードと、部下の成長スピードとの間に大きな隔たりがあることに気づく。

まさに、成果を最優先すると部下の成長は「待てない」のである。自分でやれば2時間で済む業務が、部下に任せると1日間かかってしまうことも多々ある。

そして、提出されてきたモノを見ると、修正や作り直しが出ることも日常茶飯事である。この現実が、何よりも辛い。

管理者として、組織の成果を獲得することは果たすべき最低限の責任である。そしてまた、預かった部下の育成も果たさなければならない重要な責任である。この両者を同時に追う際、どこまで「待てるか」が管理者に問われる。

この「待つ」という行為が本当に困難で、辛いのである。

そもそも「待つ」という行為の背景には、「相手を信じる」という前提がある。

  • 「部下からの問いに対し、すぐに答えを与えていないか」
  • 「細かい指示を出し過ぎていないか」
  • 「部下の成長を本気で信じているか」

自らに問うてみる。自分は「待つ」ことができているか。
まだまだ修行が足りないと日々反省である。