コラム

no.004
“娘の運動会”から得た組織活性化のヒント

2014年09月30日 | マーケティング推進部 ゼネラルマネジャー 菅桂次郎

私事で恐縮だが、私には小学4年になる娘がいる。「カワイイ」と「生意気」のちょうど境目である。そんな娘の運動会を観に行って驚いたことがある。

それは、私を含め、たくさんの“親”が観に来ているのにも関わらず、歓声や拍手が圧倒的に少ないのだ。

「どうか子供たちの頑張りに拍手を送ってあげてください」という先生の懇願とも取れるアナウンスが響き渡る。

今、子供たちの運動会の現場で何が起きているのか。

それは、異常なまでの“我が子の撮影”なのだ。

我が子の晴れ姿を記録として残しておきたいという親心は、同じ親として理解できる。ただ、個々の行動がエスカレートしすぎると全体の光景は異常なものへと変化する。

スタート地点を父親が、ゴール地点を母親が撮影するという役割分担を話し合っている夫婦もいたようだが、私個人の価値観としては、我が子の頑張っている姿こそ、レンズ越しではなく、夫婦が別々ではなく、記憶として一緒に分かち合いたいと思う。そして、大きな声援と拍手を送りたいものである。

また、私の経験上の話しではあるが、“声援”がもたらすパワーというものが存在する。緊張したり、失敗が頭をよぎったりした時、周囲から声援を送られることで、不安は勇気に変わり、いつも以上の力が発揮されることが多々あった。

これは社会に出ても同様で、誰かの応援が一歩踏み出そうとする人の力になるのである。

そういった意味で、運動会は“頑張っている人を応援する”という練習と、“応援をもらうことで自分の不安を前向きなパワーに変える”という子供たちにとって貴重な練習の場なのであったのだと改めて気づかされた。

何か新しいことにチャレンジしようとする時、今の自分の力では太刀打ちできない事柄に直面した時、夢に向かって地道な努力をしなければならない時、人は誰しも不安になり、逃げたくなる。

そんな時、“応援されることで力になった経験”を実体験として持っている人は、 頑張っている人を応援し、そしてまた自分も頑張れるのではないだろうか。

自分も日々努力し、努力している周囲のメンバーを応援し、そしてまた自分も努力するという好サイクルを我が社でも創り上げたいと思った。