コラム

no.005
「子供の教育」と「社会人教育」の逆転現象について

2014年10月23日 | マーケティング推進部 ゼネラルマネジャー 菅桂次郎

冒頭いきなりですが質問です。
以下に記載した目標は、誰が立てたものでしょうか?

【目標】
「規則正しく生活する」
「自分のことは自分でやる」
「分からないことをそのままにせず、自分で調べる」
「自分から皆に話しかける」
  • A:今年小学校に入学した友人の子供
  • B:来年入社する新入社員に期待することをまとめた某企業の人事担当者
 

正解は、「A」の小学校に入学した友人の子供である。

では、以下の目標はいかがでしょうか。

【目標】
「生活のリズムをつくり規則正しい毎日を送る」
「やるべきことを放置しない」
「分からないことや疑問を放置せず、自分で調べる(聞く)」
「積極的に周囲とコミュニケーションを取る」

実は、この目標は「B」の来年入社する新入社員に期待することをまとめた某企業の人事担当者のものなのである。

一見何の違和感も持たずに流してしまいがちだが、改めて、それぞれの目標を確認していただきたい。 7歳の小学1年生が自ら立てた目標と、22歳の新入社員に人事が期待することが若干の言葉の選定に違いこそあれ、内容の主旨が「悲しいことに」同レベルなのである。

弊社は様々な企業の社員育成のサポートをさせていただいている仕事柄、各社の内定者教育や新人教育の現場にも携わらせていただくことが多い。そして冒頭の質問にあるような現実に直面し、「ふと冷静になったとき」、愕然とすることがあるのだ。

「ゆとり世代」「さとり世代」というレッテルを貼られ、社会人デビューするこれからの新入社員。たしかに、以前の若者とは質が異なる面も多々あるのだろう。一方で、我々大人が、過度に反応し、勝手にイメージを固め、期待値を必要以上に下げることで、「若者の成長の芽(可能性)」を摘んでしまっているのではないかという疑問が湧く。

むしろ、スポーツの世界などでは、今の若者の方が断然すごいのである。身体面や技術面だけではなく、精神面も、志も、である。我々周囲の期待値も以前よりも高いところに設定しているのではないだろうか。

当然個人差はあるだろう。もしかしたら以前よりも広がっているのかもしれない。 ただやはり、我々大人(企業側)が、勝手に期待値を下げ、その通りに若者を育成してしまっている面もあるような気がしてならないのだ。

我々のような外部ベンダーだけではなく、企業の人事、そして部下を預かる管理者など「人材育成」に関わる人間は、どのような意識を持つ必要があるのであろうか。「ワークライフバランス」や「ハラスメント」云々といった様々な制約に囲まれながらも何かしらの育成に対する基軸を持って各社・各人が日々奮闘していることと思われる。そして、「そうは言っても現実は・・・」という人事や管理者の皆様の心の声も、部下を持つ同じ境遇の立場の私としては、その苦しみと葛藤は痛いくらい理解できる。

ただ今一度、ご自身および各社が設定している「若者への期待値」を再確認していただきたいと願う。目標の高低、その実現に向けたプラン(育成計画)、そして、心の中にある期待値を。

「人は置かれた環境に大きく左右される生き物」なのである。