コラム

no.006
「公人としての私」と「私人としての私」~役割意識が持つ力~

2014年10月31日 | マーケティング推進部 ゼネラルマネジャー 菅桂次郎

私事で恐縮ですが、今年結婚10周年を迎えました。
諸先輩方から比べれば、まだまだ“山場(危機)”は少ないかとは思いますが、様々なことを乗り越えながら現在に至ることができました。

・・・ということで、冒頭から何の話をしたいのかと疑問をお持ちの方もいらっしゃるかと思うが、今回のコラムでは、夫婦間の「あるある」をネタに「役割意識」が持つ力について考えてみたいと思う。

人には「公的な意識」と「私的な意識」が存在する。私も一般企業の管理者という役割を与えられ、部下となるメンバーを抱える組織を預かっている立場上、公人としての役割意識を強く持って日中は過ごしている。

そして、管理者1年目の反省を踏まえ、2年目からはどれだけ自分が忙しくても緊急対応やお客様対応などが事前に入っていない限り、メンバーから声をかけられた時は、何よりも最優先で受け答えすることを徹底してきた(つもりである)。自分自身の業務における生産性という観点では、この行為が良いのかどうかはわからない。むしろマイナスだろう。ただ「メンバーの仕事を進展させること」に優先順位を置いた行動を心がけている。

また、人材育成業界の人間としても、「管理者とは」と訪問先で語らなければならず、その際には、管理者の役割を起点に、部下指導の重要性、傾聴の重要性、コミュニケーション云々と、偉そうに“それなりの会話”を展開しているのである。

翻って家庭ではどうか。
仕事を終え、やっとの思いで帰宅し、風呂を出て食卓へ座るころには既にニュース番組も後半で、気になるスポーツニュースの時間となっている。ただでさえ縮小されてしまった「プロ野球枠」。ひいきにしているチームがどうだったのかは最優先で知りたい関心事である。

当然私としては、食事を採りながらTV画面を見ようとするのだが、一方妻としては、今日一日の出来事や娘のことを夫である私と話がしたいため、あの「時系列に沿った長い話」がスタートするのである。

日中の「公的な私」なら、野球そっちのけで妻に正対し、最大限の傾聴姿勢をもって妻の話を聴いてあげるのだと思う。ただ、「私的な私」はTVから流れる映像をチラチラ観てしまうため、「ねえ、私の話、聞いてる?」という低く怒りのこもった言葉が飛んでくるのである。

この後、我が家の深夜の食卓で何が起こるのかは皆様の想像にお任せするが、これが、この10年繰り返されてきた日常風景なのである。

そして反省する。
なぜ、日中の会社ではできて、夜の自宅ではできないのか。それは「公人としての私」という役割認識がもたらす力なのだろう。

「立場が人間を育てる」という格言があるように、周囲からの期待、それも会社のような社会的組織における正式な役割が本人の中に腹落ちされれば、自分が想像している以上のパワーが発揮される。

一方で、「私的な私」にあるように、役割認識以前の問題で妻への甘えが出てしまうと、発揮すべき最優先の行動さえも覚束ないというのが現実なのであろう。我々は様々な企業・組織における新任時研修を担当させていただくことも多いのだが、まさにこの「役割意識を如何に醸成させるか」がポイントになってくるのだと思う。自身の反省をクライアントへの今後の提案に繋げていきたい。

そして今月誕生日を迎えた妻。お花を購入しプレゼントした。
思っていた以上に喜んでくれたが、心の中で私は思った。
「いつもごめんね。そして、これからもごめんね。」と