コラム

no.011
『大人の心の教育』の必要性について

2015年03月27日 | マーケティング推進部 ゼネラルマネジャー 菅桂次郎

既に何度かコラムでも登場した我が家の小学生の娘。先日、学校の休み時間に『鉄棒から転落した』との連絡を受け、急遽、病院のお世話になるというちょっとした事件があった。

幸いにも、大事には至らず翌日から元気に通っているのだが、昨今の『とある』社会問題を実感したのでコラムとしてしたためたいと思う。

昼過ぎに学校から連絡を受け、妻が夕方に病院に連れていき、レントゲン等の簡単な診察を行った結果、特に外傷もないので様子を見ることに。ところが、深夜になって嘔吐したため、夜間の救急病院へ走ることになった。

深夜の0時をまわった時間帯であったこともあり、正直かなり焦ったわけだが、深夜の急患のなんと多いことか。医療現場の特集をTV等で観ることはあったが、現実を改めて実感するとともに、『早く我が子を診てほしい』という勝手な気持ちも抱いてしまう。

そしていよいよ娘を診てもらえる順番が来て、事情説明がスタート。鉄棒から落ち、体の右側全体を打ち、頭も一部地面に・・・・と一通り説明。『先生、大丈夫でしょうか?CTスキャンとかやりますか?』と自分が知り得る限りの専門用語をとにかく使って伝える妻・・・。

先生は一通り我々夫婦の話を聞いたあと、体の様子を診始める。しかし、なんだか動きが遅い。『慎重に診てくださっているんだ』と最初は感じたのだが、我々夫婦が伝えた場所ではなく、まったく違う場所を診ている。『たしかに見た目とは違う箇所にも影響があるからな』と思ったが、なんだか様子がおかしい。

体の後ろや左側を入念に確認しはじめる。
『この左足の膝の傷はどうしたの?』と先生。
『この前、学校の体育の授業で転んだ』と娘。
『先生、鉄棒で落ちたのは左ではなく、右です』と妻。
『・・・・(先生、左ではなくて右だよ)』と私も(心の中)。

挙句の果てには、我々夫婦を少し遠ざけるように促す。なんだかおかしな雰囲気だな・・・と思った瞬間、私は直観した。そうか、“虐待の可能性”を疑われているのだ。

幸いにも、学校の担任の先生から鉄棒から落ちたという一連の出来事を連絡帳という形でいただいていたため、妻にそれを見せるように指示。すると、病院の先生の態度がコロっと変わり、それ以降はスムーズに進んでいった。

この一連のやり取り、もしかしたら私の思い過ごしかもしれないが、『子供への虐待』という問題が、私が考えている以上に多いのだという現実を痛感した。

昨今の凶悪犯罪の低年齢化の背景には、子供の頃に虐待を受けていたというニュースを耳にすることが多い。全てがそこに起因する訳ではないのだが、『大人の教育のあり方』を見直さなければならないのではないだろうか。

我が社の社員、そして我々がサポートしている企業が取り組む社員教育の中にも、ビジネスという枠組みにおけるスキルや知識習得だけではなく、世界中の子供たちが、希望に満ち溢れた未来を歩んでゆけるようになるための「大人の心の教育」も最重要テーマとして求められているのではないだろうかと強く考えさせられる、そんな出来事であった。

帰り際の家族3人の会話。
『スッピンにマスク。まあ、怪しいよね(笑)』と妻。
『そうそう、怪しすぎる(笑)』と私。
『眠たい・・・』と娘。
気づけば深夜1時。幼稚園から継続中の皆勤賞。
この春からいよいよ5年生。焦らず、ゆっくり大人になってほしいな。