コラム

no.017
大人への通過儀礼 ~元服~

2015年07月30日 | 取締役 菅桂次郎

8月1日、いよいよ内定解禁の日が近づいている。
混乱・不安・怒り。様々な感情が渦巻いた今期の新卒採用活動。内定を複数社から獲得できる人。一社も獲得できなくて焦る人。様々であろう。

ただ、内定獲得はゴールではなく、あくまでスタートである。いよいよ社会人として、大人としてのスタート台に立つ学生にとって、内定式、入社式こそが、大人への通過儀礼となるのだろう。

日本には、古来より「元服」という大人への通過儀礼があった。「元服」とは、奈良時代以降の日本において男子の成人を示すものとして行われる儀式のことである。
現代においては、「成人式」がそれに該当するのだろうが、いずれにせよ、「大人」への仲間入りをする際の節目として、心新たにする重要な転換期を大切にしてきたのだ。

そこで今回のコラムでは、「大人への通過儀礼」という観点で思いを書き綴ってみたい。

実は私の故郷である愛媛県には、「少年式」という14歳になる少年少女を祝う式典が存在する。由来は「元服」であり、「大人の自覚を持たせること」を第一義としている。実際、罪を犯せば14歳で少年院に入ることにもなり、まさに自分のとった行動に明確な責任が伴う一つの転換期なのである。

冒頭に記述したが、現代社会における「大人への通過儀礼」は、何と言っても「成人式」であると思うが、自分自身のことを振り返れば、当時はまだ大学生で、親のすねをかじっていた時期であったため、「大人」というものに対する自覚・覚悟はほとんどなかったと思う。むしろ、明確な自己責任を意識したのは、新卒時の入社のタイミングであったと、今振り返ってみるとそう感じることが多い。

そう考えた時、「内定式」「入社式」が大人への通過儀礼として、どの程度のメッセージを残せているかが重要となる。特に、「働く」という行為へのスタンス如何によって、その人の人生は大きく変わると言っても過言ではない。
余程の資産家ではない限り、人生における「働く時間」は圧倒的に長く、そこの充実がもたらすインパクトは、人生の充実に近似するはずだ。

一方、歴史的な経緯を含め、「労働」を捉える視点は様々である。ここでは敢えて各自の捉え方の賛否を論じることはしないが、私個人の価値観としては、「働くこと」は自分の人生を充実させるうえで非常に重要な要素になると考えている。

だからこそ、「働くこと」の起点となる時期に、如何に自分に向き合い、覚悟を持ってそこへ踏み出すことができるかが非常に重要となる。

  • ・大人になるとはどういうことか?
  • ・働くということは自分にとってどのような価値があるか?
  • ・自分らしさとは何か?
  • ・自分は人生において何を成し遂げたいのか?
  • ・自分が生まれてきた意味は?

当然、全ての解が出せる訳ではない。ただ、自分の人生における大切な転機において、立ち止まり、自己と向き合い、問いかけ、深察することが大切なのである。