コラム

no.019
『ラグビー日本代表の勇姿』で再発見した私の思い

2015年09月30日 | 取締役 菅桂次郎

シルバーウィーク前半、日本に、そして世界に衝撃が走った。9月18日に開幕したラグビーワールドカップ2015において、優勝候補の一角でもある南アフリカ代表に日本代表が勝利したのだ。特に終盤の日本代表のプレーは、観る者を魅了し、自然に涙が溢れてきた。

スポーツの種類を問わず、「日の丸」を背負って戦う姿に心を打たれる。普段はほとんど意識することはないのだが、「日本」というものを強烈に意識し、心が熱くなるのはなぜだろうか。

そんな思いから、今回のコラムでは、「日本」を題材にして、リーダーにとって必要な要件について少し考えてみたい。

企業におけるリーダー育成において、「日本人には国家観・歴史観が薄い」という話をよく耳にする。戦後生まれの私にとっては、分かるような分からないような指摘であり、何をもって国家観とするのかも判明しない。

ただ、スポーツの代表戦は世界中が盛り上がるイベントであり、今回のラグビーだけではなく、サッカーや野球、そして何よりオリンピックでは多くの人が自国の代表を一生懸命応援する光景を目にする。

これは、「国家観」というものを明確に意識しているかどうかに関係なく、心のどこかに「自国に対する誇りや愛着」が内在しているという証拠なのだ。

私にも家族があり、愛すべき故郷があり、現在生活をしている地域がある。どれも守るべき大切なものであることに違いなく、世界中の全ての人にとっても同じように大切なことだと思う。

世界は今、グローバル化の大きな潮流の中にある。そして、その歪みによる地球規模の問題が多発しているのが現在である。我々日本も、国や企業という単位だけではなく、一個人として、これらの解決困難な問題に向き合うことが求められているのだ。

ただし、現在世界が抱える問題は、各々が持つ歴史観や国家観の衝突でもある。重要なのは、異なる文化や価値観を否定し合うのではなく、相互尊重の基本姿勢による我々自身の「あり方」なのだ。まさにダイバーシティである。

そして、他者尊重の前提には、自己尊重という「軸」が必須となる。逆説的な表現のようだが、自己尊重なしに他者尊重は成立しないのだ。だからこそ「自国に対する揺るぎない国家観」を持つことがグローバル化の中で、日本が真に尊敬され信頼される存在になるための 第一歩になるのだと思う。

  • 日本とは何か
  • 日本だからこそ貢献できることとは何か

これらの問いに対する確固たる考えを持てる「一個人」として世の中に貢献できる人間になりたい。