コラム

no.020
「ノーベル賞」受賞に思う教育における長期的視野の重要性

2015年10月28日 | 取締役 菅桂次郎

今月はじめ、先月のラグビーに続き、またしても嬉しいニュースが日本に飛び込んできた。2名の日本人による「ノーベル賞受賞」である。

誰もが一度は耳にしたことがあると思われるノーベル賞。物理学、化学、生理学・医学、文学や平和、経済など、各分野において多大な功績を達成した人物に対して授与される学術的顕彰である。

そして日本は、戦後の湯川秀樹氏にはじまり、2015年現在までに24名の受賞者を輩出している(このうち2名は受賞時点で外国籍を取得)。この事実は、我が事のように嬉しく、誇らしいことであると同時に、「教育の重要性」を再認識する出来事でもある。

今回は、この「ノーベル賞受賞」というテーマから、教育における時間軸、長期的視野を持つことの重要性について考えてみたい。

正直なところ、ノーベル賞受賞の常連国となりつつあることへの誇りに反し、「この先も同じように日本人が受賞することができるのだろうか」という不安も同時に抱いてしまう。

なぜなら、「学校教育も社会人教育も、『教育』といわれる分野の時間軸が、ここ数年、かなり近視眼的になっているのではないか」という危機感を私自身が抱いているからだ。

特に企業における社員教育では、「投資対効果」がより強く問われる。業界では、カーク・パトリックの4段階評価法というものが有名であり、一定の基準をもって評価していくことの重要性は理解しているつもりだ。結果としての行動変容や業績へのインパクトに繋がらなければ多くの育成施策は意味をなさないのだ。

一方で、リーダーに求められる重要な特性に「人間力」がある。この「人間力」という観点で考えると、それを構成する覚悟、包容力、器量といった要素を身につけるためには、長い年月と様々な経験が必要となるはずである。もっと言えば、「一生かかっても身につかないもの」なのかもしれない。それくらい、難易度の高い素養であるはずなのだ。

毎年この時期、来期の人事施策を検討し始める企業が多く、我々も営業的観点から言えば、これからの数か月の活動の量質が、来年度の業績に直結すると言っても過言ではない。そのため、どうしても「来期」の数字に飛びつくような近視眼的な営業活動に陥りやすい時期でもある。

だからこそ、教育の本分に立ち返り、より長期的な視点で教育論を語り、人事の方々を導いていくことができる存在へと、自分自身を成長させていかなければならないのだと改めて考えさせられたのだ。

最後に、同志社大学の創立者である新島襄が残したとされる言葉を紹介したい。

「いかに能力に優れていても、薄志弱行な人物には、一国の命運を背負うことはできない。権力に脅えることなく、天真爛漫、自由のうちに自らの秩序と見識をもち、天と地に恥じることなく、それを手腕として自らの運命を切り拓く、そのような知識と品行をもつ人物を育てることが、教育の目的である。一国を成り立たせるのは、一人や二人の英雄の力ではない。この自ら立ち、自ら治める、自治自立の人民の力による。これらの人民は、一国の良心となり、柱石となる… 」

そして死の間際、勝海舟と交わしたと言われる言葉。

海舟に、「お前さんの理想とする教育をいったい何年で成就させるつもりかい」と問われた新島は、「およそ200年」と答え、それに満足した海舟が、「それなら賛成してやろう」、そう言ったと伝えられています。

教育に携わる人間として、しっかりと胸に刻みたい。