コラム

no.025
企業内人材育成で支援すべき「成長」とは・・・

2016年03月23日 | 取締役 吉田卓
       

「成長とは何か」を問う重要性

人材育成や組織開発を社業としている者として、未来永劫、問い続けるべきテーマがある。それは・・・「成長とは何か?」という重要な問いである。

この「成長」という言葉の定義については、各人がこれまで育ってきた環境や、経験則などが影響し、認識や捉え方も千差万別である。唯一無二の絶対解があるわけではないが、「成長」についての本質を自分の言葉で腹に据えることで、日常の苦労や困難、そして理不尽や矛盾が存在する仕事の中にも、自分を成長させてくれる「意味合い」が何かしら発見できるはずなのである。

私自身、これまで多くの組織や人の「成長」を支援すべく、人材育成に取り組んできて、見えてきた重要なポイントがある。それは、現場上司が重要視している「成長」と、経営層や人事・人材開発部門が重要視している「成長」の解釈そのものに大きなギャップが存在しているということである。

「成長」に関する認識ギャップの存在

現場上司は、各職場で成果や業績をあげるために必要な実務スキルやテクニックを身につけ、与えられた課題やタスクに対して、迅速に粘り強く行動し、品質や効率を追求しながら、周囲の人と協働できる人材になることを「成長」と捉えがちである。いわば、「技術的な成長」を通して「長けた仕事」を生み出すことが重要視されるのである。業績達成へのプレッシャーが高まる昨今の職場環境を鑑みると、至極当然のニーズであろう。

一方、経営層や人事・人材開発部門は、将来の事業を牽引していくリーダーとして活躍することを視野に入れ、「我々は何をすべきか?」と主体的意思で課題を設定し、その解決や実現に向けて周囲を巻き込みながら最終成果に責任を負える人材になることを「成長」と捉えている。つまり、「人間的な成長」を通じて「未来の価値ある仕事」を生み出すことが重要視されるのである。

これらは、同じ「成長」と言っても、似ているようで全く違う次元の話である。

前者は、与えられた業務を担当者としてきちんと処理、遂行するスキルを高める「実務者としての成長」を指しており、後者は、将来のビジネスを主導しながら、自ら仕事の枠を創造していく「リーダーとしての成長」(=リーダーシップ開発)を指している。

・・・改めて問いたい。「成長」とは何であろうか?

この「成長とは何か?」に関して、経営層、人事・人材開発担当者、現場上司、そして、育成対象となる本人自身も、共通理解を深め合うことが最初に取り組まなければならない必須事項である。

その際、極めて重要なことは、「実務者として成長」と「リーダーシップ開発」としての成長を明確に切り分けて、どちらの「成長」を支援するための仕組みや施策なのかを、現場も巻き込んで意図的、意識的に展開することである。

最近、30代後半~40代前半の社員を対象にしたアセスメントやトレーニングを実施させて頂くと、入社以来、与えられた仕事をこなしてきており、プレーヤーとしての成熟度は高いものの、人間的な成長・・・つまり、リーダーシップ開発は完全に後手に回っている事実を目の当たりにすることが非常に多い。

言われたことをきっちり忠実にこなすことができる「優秀な実務担当者」で満足してしまっており、本来この年代の人材に求められる基準(市場価値)と照らし合わせると、十分な人間的成長を遂げているとは言い切れないのが現状である。

リーダーシップを企業内で育てていくために必要な2つの論点

このような状況を踏まえ、これからの企業内人材育成を考えていくにあたって、大きく2つのことが重要な論点になってくると考えている。

まず1つ目は、全社員に対して「リーダーシップ」を高める人材育成体系を構築していくことである。とりわけ、できるだけ早い段階で「与えられた仕事をこなす」ことから脱却し、実務スキルやテクニック、そして経験則に依存することができないストレッチな職務経験を意図的に積ませることが最優先課題となるであろう。

例えば、「与えられている担当領域を超えて、自らテーマを設定し、解決プランを起案させる」ことや、「組織内で誰も着手できていない重要タスクに率先垂範で取り組ませる」こと、さらには「管理職権限を持たないうちから、同僚や後輩を巻き込んで大きなプロジェクトを展開させる」ことは、リーダーシップを高めるうえで良質な経験になりえる。これらのように、自分の役割範囲を超えるチャレンジ機会の創出と、それらに対して、リスクを恐れずに果敢に挑戦したプロセスそのものを賞賛する風土づくりとマネジメントが大きなテーマになってくるであろう。

また、2つ目として、成長の共通認識を「スキルや知識を習得する」というインプット志向から脱却させ、認識と解釈を新たに捉え直すことが不可欠な課題である。

「成長」とは「足し算」や「掛け算」であることという前提のもと、「スキルや知識、ノウハウを得る」ことだけに焦点が当たりがちではあるが、「自分自身に定着した思考スタイルや行動様式を客観視したうえで内省を繰り返し、必要に応じて削ぎ落とす」。また、「これまでの価値観を根底から見直したうえで、“新しい自分と可能性”を再発見していく」など・・・・決して、「足す」だけが「成長」ではないという前提に立つべきだ。

  • ・自分の中に「本来備わっているもの」
  • ・自分の中に「失われていたもの」
  • ・自分の中に「あるのに気付いていなかったもの」
  • ・自分の中で「勝手に禁じていたもの/諦めてしまっているもの」

・・・などを自分自身と真剣に対峙しながら、掘り起こしていくことの方がより重要になっていると確信している。人間的な成長を経たうえで得た盤石な自己基盤を持たずして、スキルや知識は早晩陳腐化していくからである。

本当の意味で「成長する」とは、「今まで身につけてきた常識やモノの見方、考え方」を削ぎ落としていくことなのである。誤解を恐れず言うと、「成長」とは「足し算」だけではなく、「引き算」、もしくは「数字の入れ替え」とも言えるのではないだろうか。

「成長」=「知識獲得、スキル習得」という思想に、相変わらず偏重していることが目立つ今の人材育成において、「成長」に励むビジネスパーソンへ一石を投じながら、「本物の成長」を実現できる一躍を担いたいと強く思う今日この頃である。

そのためには、私自身の「成長」を何歳になっても貪欲に追いかけ続けている姿そのものが大切であり、お客様や身近な人たちのロールモデルであることが前提条件であるという「自分への戒め」を最後にして、本コラムを締めくくりたい。