コラム

no.029
人は何のために働くのか
~あなたは“自分なりの答え”を持っていますか?~

2016年06月30日 | 取締役 菅桂次郎

働いていると日々いろいろな出来事に直面する。全てが当初の予定通りに進むことは当然少なく、様々な問題を克服しながら期待成果の創出に向けて努力している。

私自身、多くの報告や相談を上司に行い、支援を求めてきた一方で、
今では、多くの報告や相談を受け、日々メンバーと共に奮闘している。

物事が順風の時にはあまり考えることは少ないと思うが、逆風の時は辛いことも多く、悩み、苦しみの中で誰もが一度は「自分は何のために働いているのだろうか」と考え込む経験をお持ちだと思う。

特に我が社は「人材育成の支援」を生業の中心に置いていることもあって、「そもそも何のために働くのか」という問答は、若手の研修の中でも、管理職の研修の中でも、ベテランの研修の中でも取り扱うことが多い。

「働く」という行為の意味に改めて向き合う機会として、今回のコラムでは、「働くとは何か」について考えてみたい。

少しだけ我が社の紹介になるが、リードクリエイトの社員は、「働くことが好きな社員」が相対的に多いと思われる。「好き」という言葉に語弊があるといけないが、「自らの意思で一生懸命働いている社員」が圧倒的に多いと思う。これは我が社が誇れることの一つだと感じている。

先日も、入社2年目になる若手プランナーが早朝から本(人事関連の専門書)を読んでいる姿を見かけた。そして、日中は訪問活動を一生懸命行い、勤務時間終了後も、黙々と読んで必死でメモしている。我が社ではよくある光景の一つなのだ。

単純に、国が定めた社会的なルールに当てはめてしまえば、「勤務時間外の業務扱いになるから、残業せずに早く帰れ!」というのが管理者としての“正しい声掛け”になるのかもしれないが、「ここが踏ん張りどころだ。このまま頑張れ!」というのが頑張ろうと努力している人間に対する“正しい声掛け”なのだと思う。

彼自身の日々の行動からは、「やらされ感」は感じない。口には出さないが、「自分はまだ足りないから、役に立てていないから、いつか貢献できる人間になりたいから」という気持ちが伝わってくるのだ。当然、辛い時もあるだろうし、サボる時もあるだろうが、自分の意思で必死に頑張っている姿を見ると、応援するのが当然だろう。

『自分に何ができるか。自分はどのような貢献ができる人間なのか』

これは「働く」を考える時にセットで考えることだと思う。究極のところ、「自分とは何者か」に対する自分なりの解であるのだが、この“解”を導くことが非常に難しい。

鷲田清一氏の言葉で「“他者の他者であるという視点”からしか個性は見えてこない」というものがある。

つまり、個性とは個体差であり、その「差」は対象があってはじめて見えるものであり、結局のところ、自分という存在は「他者の他者」というレンズを通してしか見ることができないのである。

そのため、自分という個性を自分の内面のみに求めてみても、普通の人にはわかるはずがないのだ。

そして、ここで言う「差」は、良い方向の差である必要がある。つまり、「どのような貢献が自分にはできるか」、もっと言えば「どのような貢献が自分にしかできないことか」が個性であり、この解こそが、その人の価値(個性)=生きる意味(存在意義)であると私は考える。

「“自分は”何がやりたいか」を起点としていては、永遠に辿り着けないことなのだ。

今回のテーマである「働く」とは何か。
「貢献を通じて実感する“自分が生きている証”」
これが“自分なりの答え”だ。