コラム

no.030
求められるイノベーター人材
~我が社のイノベーターは誰だ?~

2016年07月28日 | 取締役 菅桂次郎

冒頭から質問です。

  • ・ 貴社の組織にはイノベーター人材は何%いますか?
  • ・ イノベーター人材と聞いて、頭に浮かぶ社員はいますか?

最近、様々な場面で耳にするイノベーター人材という言葉。先日参加した50社以上の人事役員・部長が集まるHRイベントでも、「働き方の多様化を許容する組織の在り方」「グローバル人事制度」「タレントマネジメント」などのテーマで議論がなされる中、「イノベーター人材の発掘・育成」が最も盛り上がっていた気がする。

閉塞感のある業界、縮小する市場環境、技術革新で変化するビジネス構造。多くの企業が新たな価値を生み出すために日々試行錯誤されている中、『我が社にもスティーブ・ジョブズがいればな・・・』と考えたことがある人も多いのではないだろうか。立場上、大きな声で言えないが、私はこれまでに20回以上は考えた。

弊社の主要事業である人材アセスメントでも、リーダー人材と肩を並べるほどにイノベーターの適性を持った人材の発掘を重要視している企業が増えている。今年実施した「実態調査」でも、その傾向は顕著に現れていた。

では、イノベーター人材の適性とは何か、そもそも見極めることはできるのか。悩み・疑問は尽きないが、このテーマについて今回のコラムでは考えてみたい。

まずは、ここで言う「イノベーター」を定義しよう。直訳すれば「革新者」となるが、少しだけ補足説明を付けて、「既成概念を打ち破り、新たな価値を創造することができる人材」としよう。

「既成概念を打ち破る」と言葉にするのは容易だが、これが難しい。傍目には型破りな人に映る可能性が高く、日常行動だけをみれば、不思議な人、換言すると、ちょっと(いや、かなり)変わった人かもしれない。

そしてやっかいなことがもう一つある。「何をもって、イノベーションというのか?」ということだ。ちなみに、ドラッカーはイノベーションについて、「なんであんな簡単ことを思いつけなかったのか」と言わせたら成功だとしている。

ある製品が世に出回り、これまで主流であった製品を完全に代替する段になって、世の中の多くの人間は、あの製品はイノベーションを起こしたと認知する。イノベーションの結果のみをイメージしているのがほとんどで、イノベーションが起こるまでのプロセス指標は見えづらい。やはり結果論でしか判別できない後付けの行為なのだろうか。

と、ここまで考えながら既に気持ちが萎えつつあるが、ここが正念場である。「ちょっと変わった人」と「革新的なモノの創出というビジネス上の成果」の間にある隔たりを如何にして埋めるか。この問答への解こそが、人材育成・組織開発の観点では必須であると考える。

弊社でも日々、様々なアイデアは出てくる。「こんなプログラムがあればいいのに!」「こうすれば人間は成長するのではないか?」「あれさえあれば付加価値が高まるのに・・・」。皆さんの企業の現場でも、イノベーションの卵は日常に溢れているはずだ。

ただ、それを具体的なモノへと推し進める段階で、越えなければならない壁に直面する。技術的な壁、予算的な壁、慣習的な壁、物理的な壁、しがらみの壁。そして、自分の可能性を信じられるかどうかの心理的な壁。失敗すれば「それみたことか」と周囲から笑われるかもしれない。その結果、創るのは私ではない誰か、いるはずのない「ジョブズ」となり、思考はそこでストップしてしまうのだ。

そう考えると、イノベーターの適性は、アイデア・発想の豊かさではなく、むしろ、「自分の可能性を信じて、理想に挑戦しづける人」なのかもしれない。「そんなの無理だ」と万人が思うことにチャレンジする行為の先にしかイノベーションは起こらないのだから。

ここまで書き進めていく中で、メジャーリーグのイチローが日米通算安打数の世界記録を更新した時の彼の言葉を思い出した。

「僕は子供の頃から、人に笑われてきたことを常に達成してきたという自負がある。『あいつ、プロ野球選手にでもなるつもりか』っていつも笑われて、悔しい思いもした。常に人に笑われてきた悔しい歴史があるので、これからもそれをクリアしていきたい」

彼を、ここで言うイノベーターとするかは別の議論として、100人中100人が『絶対に無理』と思うようなことにチャレンジし、数々の記録を塗り替え続けているという面では、イチローこそイノベーターと言えるかもしれない。そして何より、自分の可能性を信じ抜くことができる人なのだと思う。

そして、この適性は、人間誰もが持っているはずだ。いや、全ての人間がイノベーターの素養を“持っていた”はずだ。子供のころ抱いていた夢や描いていた未来が、とても輝いていたように。

私たちの使命は、数%の天才の出現を「待つこと」ではなく、社員が本来持っている力を「引き出すこと」であると信じたい。