コラム

no.031
人材は“育成する”ことができるのか?
~VUCA時代に求められる社員教育の在り方~

2016年08月31日 | 取締役 菅桂次郎

ここ数年、従来の教育体系の抜本的な見直しに着手される企業が増えている。弊社主催の「教育体系構築セミナー」も毎回キャンセル待ちになるなど、各社の人材育成に対する危機意識は日々高まる一方だ。

セミナーに参加される方々の生の声として多いのは、以下のようなものだ。きっと多くの企業でも同様の悩みをお持ちなのではないだろうか。

  • ・これまでの教育施策が機能していないような気がする
  • ・役割や能力要件と「教育体系」がマッチしていないのではないか
  • ・計画性がなく、「単発モノ」「流行モノ」でツギハギ感が否めない
  • ・各研修の位置づけ、根底にある思想が曖昧になっている

そして人事担当者はこう口を揃える。「我が社は人材が“育っていない”んです」と。

このような問題意識を持っている企業の背景には、何があるのだろうか。各社各様の事情があるのだろうが、根底に流れる共通の課題も存在するはずだ。

今回のコラムでは、企業内教育を取り巻く変化を考察し、これからの人材育成の在り方について考えてみたいと思う。

過去から現在、そして未来へと視点を向けた際、「企業内教育」の領域における変化にはどのようなものがあるだろうか。IT技術をはじめとするテクノロジーの進化は想像を超える大きな変化であるが、 私が思う最も大きな変化は2つある。それは、「頭(思考)の使い方」と「学びのスタンス」だ。

携帯電話がビジネス現場に普及する前は、お客様の電話番号は全て頭の中に入っていたし、PCが普及する前は、今よりもスラスラと漢字が書けたはずだ。自分の記憶力が退化してしまったと感じている方も多いかもしれないが、技術の進展によって「覚える」という行為の必要性は、以前に比べて低下している。

一方で、情報そのものの価値が相対的に低下した昨今のビジネス環境では、「覚える」「探す」ではなく「自分で考える」という根本的な思考活動の優劣が、差別化を生み出すうえで重要になっているのではないだろうか。

OJTの現場も、以前は圧倒的に経験豊富で業務に精通した先生(上司)が、まだ何も知らない生徒(新人・若手)に「経験を移植する」という指導スタイルが通用していた。もっと言えば、このようなアプローチが最も教育効果が高かったのだ。これは研修を外部委託したとしても同様で、知識豊富な外部の専門家から「教えてもらえる」というのが教育を受ける側の基本スタンスだった。

そして現在はどうか。VUCAと言われるように、変動要素が増え、不確実さや複雑さは増し、曖昧な状況の中でビジネスを進めていかなければならない時代である。ベンチマーク(正解)する対象はなく、この先どうなるか誰もわからない時代に我々は生きているのだ。

要するに、方針や計画を立てても変更を余儀なくされる時代ということであり、「今日まで正しかったこと」が「明日は誤っている可能性がある」ということを前提に、軌道修正する必要があるのだ。

さらに言えば、このVUCAは加速し、ますます不透明さが増すことを考えた場合、社員の立場から言えることは、「どのような変化にも対応できる能力や知識を身につけておく」ことが何よりも重要になる。社員の学ぶスタンスも、「教えてもらう」から「自ら学ぶ」へと変化し、今後はさらに、「気づく」「学びあう」へと進化していくだろう。

では、我々人事は、どのような思想を社員教育の根底に置くべきなのだろうか。少なくとも、従来のような「一律」「大量」「平等」を旨とした育成では、「人は育たない、育ちにくい」環境になっている。

問題なのは、多くの企業において、これらの変化は理解されているにも関わらず、研修をはじめとする具体的な人事施策に落とし込めていないという点である。まさに、「変化」に適応しきれていないのである。

VUCA時代だからこそ、まずは「人が育つ」とは何かという根源的な問いと、自社がどのような人材を、どのように育てるのかという思想を明確に打ち出し、人事からメッセージを打ち出すことから再スタートしてほしい。

人事が放つコアとなるメッセージを現場は待っている。

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