コラム

no.049
人事教育部門のセンスとは?

2018年2月27日 | 取締役 菅桂次郎

仕事柄当然ではあるが、一年を通して数多くの企業人事の方々にお会いする。そして、各社各様、実に様々な人事施策、制度、運用、スタンスに触れる。

特にこの時期については、人事諸制度の見直し、教育体系の再構築など、来期そして中長期を見据え考えを巡らせていることだろう。大きな潮流としては、「前年踏襲という発想」は少なくなっている。

それは、従来のやり方が機能不全になってきているが故の対応なのか、未来に向けて明確な意思を持っての能動的アクションなのかは様々であろうが、組織体の在り方、それを前提とした人事教育施策の在り方も変化していると強く実感する今日この頃。

階層別教育を考えてみても、企業が実施している育成方法の根幹であることに違いはないが、「単体」にいくら改善を施したとしても、その他の育成施策や人事諸制度との連動までを含めた全体との一貫性や調和がないと、効果は限定的なものとなってしまう。

一方ここ数年、「センスいいな~」「うまいな~」と感じる人事の方に出会うことも増えた。基本思想や理念は押さえつつ、それぞれの会社独自の取り組みを信念を持って導入している企業があり、我々も大いに学ばせていただいている。そして何より、社員も人事もピカピカしているのだ。その根底には、共通するものとして何があるのだろうか。

従来の人材教育のアプローチを例えるなら、「属性ごとの強引な線引き」が根底思想にある。人事主体で社員を区画分けして運用しているというものだ。そしてそれは、多様性が前提となる昨今の組織運営においては、「期待している成果(学習効果)」が得にくくなっているのではないだろうか。

問題解決一つをとってみても、人の体で例えると、頭・胴体・腕・腿という具合に、部位ごとで切り分け、そこから論理思考的に原因分析するやり方は、複雑化するビジネス環境では機能しづらくなっている。

むしろ、個別部位を繋げる神経や血管、心の情動といったものが機能不全となっているために、個別部位をいくら強化しても「改善」どころか「改悪」に向かうケースもあるのだ。

人事が持つべき組織観や人材観が、人為的に線引きされた機械的なものから、自然なバランスの中に存在する生態的なものへと変化している過程において、少なくとも従来の思想がベースにある人事制度や教育手法も変革が求められている。そう、まさに「組織にある神経や血管」に着眼し、その存在の重要性に視点を向けた具体的な取り組みを実践している人事が増えてきているということだ。

昨今、「ノーレイティング」が話題になっている面もあるが、これも同様に、その個別要素のみで、成否を論じるのは無理があるだろう。その先に、どのような繋がりがあるか、どのような影響が想定されるかを考えたうえで、全体のバランスの中で施策を刷新する必要があるはずだ。

現状のシステムは、様々な環境変化に対応していく過程で作られた最良版である一方で、永遠のベータ版であるという認識を持つ必要がある。新たな変化に対応すべく、生態系の如く変化(改良)し続けなければならないのだ。

一方で、難しいのは、「ゼロリセット」ができにくいということだろう。現実社会では、過去からの繋がりの先に今があり、今の積み重ねの先に未来の姿があるからだ。

過去と今、今と未来という時間軸、個別施策相互を有機的に繋げるために、神経や血管の役割を担うことが、人事にしかできない最大価値なのだと実感している。